文化庁AIと著作権ガイドライン2025要点解説:開発・利用・権利保護の完全ガイド

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2024年から2025年にかけて、生成AIの普及は日本社会に大きな変革をもたらしました。ChatGPTをはじめとする生成AIツールが企業や個人に広く利用される中で、著作権をめぐる議論が活発化しています。特に重要となるのが、文化庁が公表したAIと著作権に関する一連のガイドラインです。これらの指針は、AI開発者、サービス提供者、利用者、そして権利者のそれぞれが直面する法的不確実性を解消し、適切な利用環境を整備するために策定されました。令和6年3月に公表された「AIと著作権に関する考え方について」を皮切りに、同年7月には実務的な「チェックリスト+ガイダンス」が発表され、生成AI時代における著作権の取り扱い方が具体的に示されるようになりました。これらのガイドラインは法的拘束力を持たないものの、判例が少ない現状において、企業のリスク管理や創作活動の保護において極めて重要な役割を果たしています。本記事では、文化庁が示したAIと著作権に関するガイドラインの要点を、2025年時点での最新情報を踏まえて体系的に解説していきます。

目次

文化庁が公表した主要なガイドライン文書

文化庁は生成AIと著作権の問題に対応するため、複数の重要な文書を段階的に公表してきました。これらの文書は、それぞれ異なる目的と対象読者を持ちながら、全体として統一的な指針を形成しています。

令和6年3月15日に公表された「AIと著作権に関する考え方について」は、文化審議会著作権分科会法制度小委員会によって取りまとめられた基礎的な文書です。この文書は、生成AIをめぐる著作権上の懸念を解消することを主な目的としており、判例法の蓄積が不十分な状況において重要な指標となることが期待されています。文書の作成にあたっては、令和5年7月から継続的な審議が行われ、専門家へのヒアリングも実施されました。令和6年1月23日から2月12日にかけて素案に対するパブリックコメントが実施され、広く一般からの意見が募集されました。最終的に令和6年2月29日の第7回会合で承認され、3月15日の公表に至りました。

この文書の性質について理解しておくべき重要な点は、小委員会の見解を示したものであり、法的拘束力は有していないということです。裁判所はこの文書に拘束されずに判決を下すことができます。しかしながら、判例法の蓄積がない現状において、不要な紛争を回避するための重要な指標として機能することが期待されています。文書は完全版と要約版の両方が公開されており、完全版はPDF形式で1.5MB、要約版は430KBとなっています。また、国際的な情報共有にも配慮し、英語での概要版も提供されています。

令和6年7月31日には、文化庁著作権課によって「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」が公表されました。この文書は全44ページで構成され、第1部「AI開発・提供・利用の各主体のチェックリスト」が24ページ、第2部「権利者のガイダンス」が15ページとなっています。このチェックリストとガイダンスの目的は、生成AIによって作成されたコンテンツに関する著作権の取り扱い方法を示し、そのリスクを管理する方向性を提供することです。

対象となる読者は立場ごとに整理されています。AI開発者に対しては、学習データの収集方法や権利処理について、AIサービス提供者に対しては、サービス設計や利用規約の整備について、AIユーザーに対しては、プロンプト入力や生成物の利用について、そして一般利用者に対しては、基本的な著作権知識について、それぞれの立場から生成AIと著作権の関係から生じるリスクを低減するための望ましいアプローチが紹介されています。

令和6年8月には、文化庁著作権課が「AIと著作権II」と題した著作権セミナーを開催しました。このセミナーは「AIと著作権に関する考え方について」の解説を主な内容としており、理解を深めるための実践的な説明が提供されました。セミナー資料も公開されており、より具体的な事例を通じてガイドラインの内容を理解することができます。

AIと著作権を三つの段階で整理する枠組み

文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」では、AIと著作権の問題を三つの段階に分けて整理しています。この整理方法は、各段階で適用される法律や考慮すべき要素が異なるため、非常に重要な枠組みとなっています。

第一の段階は「開発・学習段階」です。この段階では、主にAI開発者やサービス提供者が関わります。AI学習のために学習データを収集し、処理する過程で著作物の複製等が行われるため、著作権侵害の問題が生じる可能性があります。この段階では、著作権法第30条の4が主に適用されることになります。この条文は、非享受目的での利用について権利制限を定めており、AI学習における著作物利用の適法性を判断する上で中心的な役割を果たします。

第二の段階は「生成・利用段階」です。この段階では、AIを利用して生成物を作成し、それを利用する場面が対象となります。生成された出力物が既存の著作物に類似している場合、著作権侵害の問題が生じる可能性があります。この段階では、一般的な著作権侵害の判断基準、すなわち類似性依拠性の有無が問題となります。生成AIを利用しない通常の創作活動と同様の基準が適用されますが、生成AIの特性を踏まえた解釈が必要となります。

第三の論点は「AI生成物の著作物性」です。これは、AIによって生成された出力物自体が著作物として保護されるかどうかという問題です。この判断は、前述の二つの段階とは別個の論点として扱われます。AI生成物が著作物として認められるかどうかは、人間の創作的寄与の有無によって判断されます。この考え方は、平成5年の文化審議会著作権分科会報告書で示された「コンピュータ創作物に係る著作権法上の取扱い」の考え方を踏襲しています。

この三段階の整理は、生成AIをめぐる著作権問題を体系的に理解するための基礎となります。それぞれの段階で適用される法的枠組みが異なるため、問題を混同せずに整理することが重要です。

開発・学習段階における著作権法第30条の4の適用

開発・学習段階において中心的な役割を果たすのが、著作権法第30条の4です。この条文は、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」における著作物の利用について、権利制限を認める規定です。この条文は平成30年の著作権法改正によって導入され、AI・ビッグデータ時代に対応するための規定として位置づけられています。

AI学習のために行われる情報解析は、原則として「非享受目的」に該当すると考えられています。その理由は、AI学習が著作物の創作的表現自体を鑑賞したり享受したりすることを目的とするのではなく、大量のデータからパターンやパラメータを抽出することを目的としているからです。したがって、通常のAI学習においては、第30条の4が適用され、著作権者の許諾なく著作物を学習データとして利用することができます。

しかし、非享受目的に該当するかどうかは、利用の目的によって慎重に判断されます。重要な原則として、複数の目的のうち一つでも「享受」の目的が含まれていれば、第30条の4の要件を欠くこととなります。この点は、AI学習における著作物利用の適法性を判断する上で極めて重要です。

具体的に非享受目的に該当しない事例として、文化庁のガイドラインでは以下のような場合が挙げられています。まず、意図的に学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部または一部を出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、著作物の複製等を行う場合です。これは、意図的な「過学習」などと呼ばれる手法が該当します。過学習とは、特定の著作物をAIに繰り返し学習させることで、その著作物の創作的表現をそのまま再現できるようにする手法です。このような場合、著作物の創作的表現を享受させることが目的の一つとなっているため、非享受目的には該当しません。

また、既存のデータベースやWeb上に掲載されたデータに含まれる著作物の創作的表現の全部または一部を、生成AIを用いて出力させることを目的として、著作物の内容をベクトルに変換したデータベースを作成する等の著作物の複製等を行う場合も、享受目的が併存するとされています。これは、いわゆる「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」などの技術において、著作物の内容をそのまま出力させることを主な目的とする場合に該当します。RAGは、外部のデータベースから情報を検索し、それを生成AIの出力に組み込む技術ですが、この技術を用いて著作物の内容をそのまま出力させることを目的とする場合、享受目的が認められます。

さらに注意が必要なのが、著作権法第30条の4のただし書です。ただし書は「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には適用しないという例外規定です。このただし書が適用される場合、非享受目的であっても権利制限は認められません。

ただし書の適用については、著作物の種類、用途、利用態様などを総合的に考慮して判断されます。具体的には、市場で販売されている学習用データセットを無断で利用する場合や、著作権者がライセンス販売を行っている著作物を無断で学習に利用する場合などは、ただし書が適用される可能性があります。これは、著作権者が著作物の利用について正当な対価を得る機会を奪うことになり、著作権者の利益を不当に害すると評価されるためです。

このように、著作権法第30条の4は、AI学習における著作物利用を広く認める規定ですが、その適用範囲には一定の限界があります。AI開発者やサービス提供者は、この条文の要件を正確に理解し、適法な学習データの収集と利用を心がける必要があります。

生成・利用段階における著作権侵害の判断基準

生成AIの利用によって生成された出力物が既存の著作物の著作権を侵害するかどうかは、一般的な著作権侵害の判断基準と同様に、「類似性」と「依拠性」の二つの要件によって判断されます。この二要件は、AIを利用しない通常の創作物の場合と同じですが、生成AIの特性を踏まえた解釈が必要となります。

類似性の有無については、既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかによって判断されます。表現上の本質的な特徴を直接感得できるとは、既存の著作物の創作的表現が、生成物においても認識できる状態にあることを意味します。重要な点は、単にアイデアやコンセプトが似ているだけでは類似性は認められず、具体的な表現レベルでの類似性が必要であるということです。これは、著作権法が保護するのはアイデアではなく表現であるという基本原則に基づいています。

依拠性については、生成AIの特性を踏まえて、三つの場合に分類して考えられています。この分類は、文化庁のガイドラインにおいて示された重要な考え方です。

第一のケースは、AI利用者が既存の著作物を認識していた場合です。AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識しており、生成AIを利用して当該著作物の創作的表現を有するものを生成させた場合は、依拠性が認められ、AI利用者による著作権侵害が成立すると考えられます。この場合、利用者は意図的に既存の著作物に類似した生成物を作成しようとしているため、依拠性は明らかです。例えば、特定の小説の一節をプロンプトに含めて、それに類似した文章を生成させた場合などがこれに該当します。

第二のケースは、AI利用者は既存の著作物を認識していなかったが、当該生成AIの開発・学習段階で当該著作物を学習していた場合です。この場合、客観的に当該著作物へのアクセスがあったと認められることから、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成された場合は、通常、依拠性があったと推認され、AI利用者により著作権侵害になりうると考えられます。

この判断は、生成AIの特性を考慮したものです。生成AIは学習データから学習しているため、学習データに含まれていた著作物に類似した出力を生成することがあります。利用者が意図していなくても、AIが学習データから「依拠」して生成したと評価できるため、依拠性が推認されるのです。ただし、「推認」であるため、反証によって覆される可能性があります。例えば、当該著作物が学習データに含まれていなかったことが証明できれば、依拠性は否定されます。

第三のケースは、AI利用者が既存の著作物を認識しておらず、かつ、当該生成AIの開発・学習段階で当該著作物を学習していなかった場合です。この場合、当該生成AIを利用し、当該著作物に類似した生成物が生成されたとしても、これは偶然の一致に過ぎないものとして、依拠性は認められず、著作権侵害は成立しないと考えられます。このケースは理論上は考えられますが、実際には発生する可能性は低いと考えられます。なぜなら、現代の大規模言語モデルは膨大な量のインターネット上のデータを学習しているため、多くの既存著作物が学習データに含まれている可能性が高いからです。

この三つの場合の分類は、生成AIによる著作権侵害を判断する上で非常に実務的な指針となります。特に第二のケースにおける「依拠性の推認」という考え方は、権利者にとって立証負担を軽減する効果があり、実務上重要な意義を持ちます。

AI生成物に著作物性が認められるための条件

AI生成物が著作物として保護されるかどうかは、人間の創作的寄与の有無によって判断されます。この考え方は、平成5年の文化審議会著作権分科会報告書「コンピュータ創作物に係る著作権法上の取扱いについて」において示された考え方を踏襲しています。

著作物として認められるためには、三つの要件を満たす必要があります。第一に、思想又は感情を結果として表現しようとする創作意図があること。第二に、創作過程において人間による創作的な寄与が、具体的な結果を得るために行われていること。第三に、その結果として、思想又は感情の創作的表現として客観的に評価できる形となっていること。これらの要件は累積的に満たされる必要があります。

令和6年3月の「AIと著作権に関する考え方について」では、創作的寄与の有無を判断するための具体的な要素が示されています。これらは、単なる労力や努力ではなく、創作的な寄与が積み重なっているかどうかを個別に判断するための材料となります。

第一の要素は、指示・プロンプトの分量・内容です。詳細な指示を与えることで、特定の創作的表現を示していると評価される場合、創作的寄与として評価される可能性が高まります。ただし、指示が長文であっても、それが単にアイデアを示しているだけで、創作的表現を含んでいない場合は、創作的寄与の判断には影響しません。

具体的には、「ファンタジー小説を書いて」という指示は、単にジャンルを指定しているだけで、創作的表現を含んでいません。一方、「登場人物の性格、舞台設定、物語の展開、文体など、詳細な要素を具体的に指定する」場合は、創作的寄与として評価される可能性があります。重要なのは、プロンプトの長さではなく、プロンプトが創作的表現を含んでいるかどうかという点です。

第二の要素は、試行回数です。試行回数それ自体は創作的寄与の判断には影響しません。なぜなら、単に何度も生成を繰り返すことは、労力ではあっても創作的な行為とは言えないからです。しかし、試行を繰り返しながら、生成された出力を踏まえて指示を修正していく行為は、創作的寄与として評価される可能性があります。これは、単なる試行錯誤ではなく、意図的な創作過程の一部として評価できるためです。

第三の要素は、複数の生成物からの選択です。複数の生成物から選択する行為それ自体は、創作的寄与の判断には影響しません。選択は判断行為ではありますが、それ自体が創作的表現を生み出しているわけではないからです。ただし、選択が通常創作的な行為の要素となる行為について検討する必要がある場合もあります。例えば、写真の著作物における被写体の選択のように、選択自体が創作性の重要な要素となる分野では、別の考慮が必要です。

重要な点として、人間がAI生成物に対して創作的表現といえる加筆・修正を行った場合、その加筆・修正部分については通常著作物性が認められます。したがって、AI生成物をそのまま利用するのではなく、人間が創作的な加工を施すことで、著作物性を獲得することができます。これは、AI生成物を素材として、人間が創作活動を行うという位置づけです。

企業における生成AI利用と著作権リスク管理

2024年以降、日本国内でも生成AI利用に起因する炎上事例や公開停止事例が相次いでおり、企業の法務・マーケティング担当者にとって、著作権リスクへの対応は喫緊の課題となっています。企業が直面する主なリスクとしては、著作権侵害リスク、情報漏洩リスク、レピュテーションリスクなどが挙げられます。

著作権侵害リスクについては、生成物が既存の著作物に類似していた場合、差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。特に、生成物を商業的に利用する場合、このリスクは顕在化しやすくなります。情報漏洩リスクについては、従業員が生成AIに入力した情報が、サービス改善のための学習データとして利用される場合があり、機密情報や顧客の個人情報が漏洩するリスクがあります。レピュテーションリスクについては、著作権侵害や不適切な生成物の公開により、企業の評判が損なわれる可能性があります。

企業や自治体が生成AIを業務に利用する際には、これらのリスクを抑えて、従業員による適切かつ効果的な生成AI利用を促すため、社内ガイドラインを策定することが重要です。社内ガイドラインには、個人情報等、機密性の高い情報は入力しないこと、著作権保護の観点から既存の著作物に類似する文章の生成につながるようなプロンプトを入力しないこと、回答を配信・公開等する場合、既存の著作物等に類似しないか入念に確認することなどの項目を含めることが推奨されています。

東京都のガイドラインなど、複数の自治体や企業が生成AI利用ガイドラインを公開しており、これらを参考にすることができます。2025年においては、Zept合同会社が「生成AI利用ガイドライン2025年版」を無料でダウンロード提供しており、印刷・社内展開・教育活用も自由に行えます。また、デジタル庁は令和7年5月に「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を公表しました。

企業における生成AI利用の実践対策として、五つの重要な対策があります。第一に、利用ルールの明確化です。ガイドラインで機密情報の入力を明確に禁止し、生成物の著作権確認を義務付けることで、従業員の不注意や知識不足による重大なインシデントの発生確率を大幅に低減できます。

第二に、教育・研修の実施です。従業員に対して、生成AIと著作権に関する基礎知識を教育し、適切な利用方法を周知することが重要です。文化庁のガイドラインを理解し、それを実務に活かせるようにするためには、継続的な教育が欠かせません。

第三に、生成物の確認プロセスの確立です。生成物を公開・配信する前に、既存の著作物との類似性をチェックするプロセスを確立することが重要です。このプロセスには、複数の担当者による確認や、類似性チェックツールの活用などが含まれます。

第四に、利用ログの記録です。誰が、いつ、どのような目的で生成AIを利用したかを記録しておくことで、問題が発生した際の原因究明と対応が容易になります。これは、リスク管理だけでなく、社内での適切な利用状況の把握にも役立ちます。

第五に、定期的な見直しです。生成AI技術や法的環境は急速に変化しているため、ガイドラインは定期的に見直し、最新の状況に対応させる必要があります。文化庁が新たなガイドラインを公表した場合や、重要な判例が出た場合には、速やかにガイドラインを更新することが推奨されます。

権利者による技術的保護措置と法的対応

文化庁の「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」第2部では、権利者側がとるべき対応措置が詳しく説明されています。権利者は、自らの著作物がAI学習に利用されることを防ぐため、事前の技術的措置を講じることができます。

AI学習用のデータは、多くの場合、ウェブサイトから自動プログラム(クローラー)を通じて収集されます。クローラーは、ウェブサイト管理者が「robots.txt」というファイル(Robot Exclusion Protocol)で指定した制限を尊重するという慣行が確立されています。著作権者が自分の作品をAI学習に利用されたくない場合、コンテンツをインターネットにアップロードする際にrobots.txtを設定することで、学習データ収集用のクローラーを拒否することができます。

ブロック対象となる主要なAIクローラーには、OpenAIが使用するGPTBotChatGPT-User、Googleが使用するGoogle-Extended、Common Crawlが使用するCCBot(Stable Diffusionなどに利用されています)、Anthropic社のClaude関連のクローラーなどがあります。robots.txtファイルでこれらのクローラーを指定することで、特定のAIサービスによる学習データ収集を防ぐことができます。

ただし、robots.txtによる対策は「一定の効果」はあるものの「完全に防ぐ」ことはできません。なぜなら、インターネットは善意を前提に運用されているため、robots.txtの指示に従うことは義務ではないからです。一部のクローラーはrobots.txtを無視する可能性がありますが、大手企業のクローラーは一般的にrobots.txtを尊重しています。したがって、完全な保護措置ではないものの、一定の効果は期待できます。

その他の技術的措置としては、ログインが必要なエリアにコンテンツをアップロードすることで、クローラーによる収集を困難にする方法があります。また、画像認識AIの学習を防ぐために、画像に微細な変更を加えるツール(例:GlazeNightshade)を使用する方法もあります。これらのツールは、人間の目には識別できない程度の変更を画像に加えることで、AIによる学習を妨げる効果があります。

技術的措置によって事前にAI学習を防ぐことができなかった場合でも、権利者は事後的に法的手段を行使することができます。著作権侵害が認められる場合、権利者は差止請求を行うことができます。これは、侵害行為の停止や、侵害物の廃棄を求める請求です。また、損害賠償請求を行うこともできます。これは、侵害によって生じた損害の賠償を求める請求です。さらに、侵害者に対して名誉回復措置を求めることもできます。これは、謝罪広告の掲載などを求める措置です。

これらの法的手段を行使するためには、著作権侵害の要件、すなわち類似性と依拠性を立証する必要があります。生成AIの場合、特に依拠性の立証が問題となりますが、文化庁のガイドラインが示した考え方によれば、学習データに含まれていたことが証明できれば依拠性が推認されるため、立証の負担は軽減されます。

今後の課題と国際的な動向への対応

文化庁が公表した「AIと著作権に関する考え方について」は、法的拘束力を持たない行政解釈にすぎません。今後、実際の裁判例が蓄積されることで、より明確な法的基準が形成されていくことが期待されます。また、現行の著作権法は生成AIを想定して作られたものではないため、今後、生成AI時代に適合した法改正が検討される可能性もあります。

AI著作権問題は日本だけでなく、世界各国で議論されています。欧州連合では、AI規制法(AI Act)が制定され、AIシステムに対する包括的な規制枠組みが構築されています。このAI規制法は、AIシステムをリスクに応じて分類し、高リスクのAIシステムには厳格な規制を課すという枠組みを採用しています。著作権に関しても、AI開発者に対して学習データの透明性を求める規定が含まれています。

米国では、生成AI企業と権利者との間で訴訟が相次いでおり、判例法の形成が進んでいます。特に、大規模言語モデルの開発における著作物の利用が、フェアユース(公正利用)として認められるかどうかが争点となっています。米国の判例は、日本の裁判所の判断にも影響を与える可能性があるため、今後の動向を注視する必要があります。

日本の文化庁のアプローチは、権利者保護とイノベーション促進のバランスを取ろうとするものですが、国際的な動向を踏まえながら、今後も継続的な検討が必要です。特に、日本企業が国際的に生成AIサービスを提供する場合、各国の法規制に対応する必要があるため、国際的な調和も重要な課題となります。

生成AI技術は急速に発展しており、今後も新たな技術やサービスが登場することが予想されます。例えば、より精度の高い生成が可能になることで、既存著作物との類似性の問題がより顕著になる可能性があります。また、マルチモーダルAI(テキスト、画像、音声、動画を統合的に扱うAI)の発展により、著作権問題はより複雑化する可能性があります。これらの技術的発展に対応するため、法的枠組みや実務的なガイドラインも継続的に更新されていく必要があります。

クリエイターとAIの共存に向けて

生成AI時代において、クリエイターとAI技術がどのように共存していくかは重要な課題です。AIは創作活動を支援するツールとして活用される一方で、クリエイターの権利や創作インセンティブを侵害しないようにバランスを取る必要があります。

文化庁のガイドラインは、このバランスを取るための一つの指針を示していますが、実際の運用においては、クリエイター、AI開発者、利用者の三者が対話を重ね、適切な利用慣行を形成していくことが重要です。例えば、AI開発者は学習データの収集において権利者の意向を尊重し、robots.txtなどの技術的措置を尊重することが求められます。AIサービス提供者は、利用規約やサービス設計において、著作権侵害リスクを軽減する仕組みを導入することが求められます。AI利用者は、生成物を公開・配信する際に、既存著作物との類似性を確認し、著作権を尊重することが求められます。

クリエイター側も、AI技術を創作活動に活用することで、新たな表現の可能性を探求することができます。AI生成物を素材として活用し、そこに人間の創作的寄与を加えることで、新しい形の創作活動が生まれる可能性があります。重要なのは、AIを脅威として捉えるのではなく、創作活動を拡張するツールとして捉え、適切に活用していくという姿勢です。

文化庁のガイドラインを起点として、産業界、学界、法曹界、そしてクリエイターコミュニティが協力しながら、持続可能な創作環境とイノベーション環境を構築していくことが期待されます。生成AI技術は今後も発展を続けるため、法的枠組みや実務的なガイドラインも継続的に更新されていく必要があります。

文化庁が2024年から2025年にかけて公表した一連のガイドラインと指針は、生成AIと著作権をめぐる複雑な問題に対して、実務的な指針を提供する重要な文書です。「AIと著作権に関する考え方について」は、開発・学習段階、生成・利用段階、AI生成物の著作物性という三つの論点について、現行著作権法の解釈を明確化しました。「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」は、より実務的な観点から、各主体で取るべき対応を具体的に示しています。

これらのガイドラインは法的拘束力を持たないものの、判例法の蓄積が少ない現状において、重要な指針として機能しています。企業や個人が生成AIを利用する際には、これらのガイドラインを参照し、適切なリスク管理を行うことが強く推奨されます。本記事で解説した内容は、2025年初頭時点での最新情報に基づいていますが、今後の技術的発展や法的議論の進展によって、解釈や実務が変化する可能性があります。したがって、実際に生成AIを利用する際には、常に最新の情報を確認し、必要に応じて専門家に相談することが推奨されます。

文化庁の公式ウェブサイトでは、これらのガイドラインの完全版がPDF形式で公開されており、より詳細な情報を得ることができます。また、文化庁は定期的に著作権セミナーを開催しており、最新の解釈や実務的な対応について学ぶ機会が提供されています。生成AI時代における著作権問題は、社会全体で取り組むべき重要な課題であり、すべてのステークホルダーが協力して、適切な利用環境を整備していくことが求められています。

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